鉄道紀行

鉄道紀行 平成筑豊鉄道〜筑豊電鉄の旅なのだよ。

鉄道紀行

東京と比べて、さらっとした冬の風が頬を伝う九州行方。

市街地福岡や小倉よりもはるかに人が少なく、年末休みも始まった時期だというのに街を歩く人の姿はポツポツと少し寂しい雰囲気が漂っていた。

今回暮れに福岡の旅を選んだ理由の1つに筑豊鉄道関連に乗りたいという目標を密かに掲げていた。

九州のいくつかあるローカル線の中でも福岡はとても地味な部類だ。
市街地天神とは遠く離れた大分の上スレスレを走る鉄道など一般の観光客なら必ずスルーをすると言ったところだろう。

事前に少し調べたものの、あまりにも情報が少な過ぎるので簡単な回る順序と時刻表だけを調べて鉄道へ乗り込んだ。

車両は平成という名前だけあって2007年から導入された新しい鉄道が走る。

せっかくのディーゼルなのに、ふかふかのロングシートで窓が綺麗とは、、、鉄ヲタとしては何とも微妙な心境になるが地元の利用者は快適そうに座っている。

吊革を見上げると平成筑豊のマスコットキャラ〝ちくまるくん〟が装飾されており、神社の酒樽並みにズラーっとスポンサーの名前が書かれていた。

地域が一丸となって鉄道を支えているのはローカル線によくある事だがこの光景だけでも胸がジーンとなる。

平成筑豊鉄道は田川線・伊田線の2つで編成される鉄道だがユニークな駅名が多い路線であるのも特徴である。

令和元年に新しく命名された令和コスタ行橋駅。
夏目漱石の小説「三四郎」の舞台になった東犀川三四郎駅。
夏の終わりには蛍が美しい源じぃの森駅。

どれも個性豊かな駅名で車内のアナウンスが流れる度にニヤニヤしてしまう。

車窓は何の変哲もない長閑な市街地と田園地帯が広がるのみであるが、ちょうど差し込んでくる日差しが気持ちよくウトウトと眠気を誘ってくる。

途中、後藤寺線というJR九州が所有する路線とも繋がっていたので途中下車をして、そちらにも乗ってみることした。

後藤寺線は元々は筑豊本線の貨物支線であり、鉱山が近くにあったことから石火石を運ぶための鉄道として利用されていたのだそうだ。

鉱山という浪漫を溢れるキーワードに自然と体が前のめりになるが、現在は電気の時代。

終点の後藤寺駅は昭和の賑わった面影を感じられはするが 現在では死のアーケドになっており賑わいを見せた過去は空のテナントという形でその痕跡のみを残している。

年末だからか更にゴーストタウン化したアーケードとは裏腹に
軽やかなメロディが永遠とループで所々のスピーカーから流れてくるので何ともシュールだ。

それでも、たまにすれ違う子ども達は元気に自転車を乗り回していたり、誰もいないアーケードで隠れんぼをして遊んでいたりと非常に健やかであった。

時代に忘れさわれた街ではあるものの、その領域すべてが遊び場になっており、子どもたちが自由気ままにはしゃいでいる姿を見て
いい街だなァ と感心しながら再び鉄道に乗り込んだ。

昼前に小倉からスタートを切った鉄旅も筑豊電気鉄道に乗り込む頃には、すでに16時となっていた。
東京なら既に暗くなっている時間ではあるが、九州日の出が長いので残り1時間半くらいは猶予がある。

そうは言うものの、足早に平成筑豊鉄道の終点 直方駅から筑豊電気鉄道の始発 筑豊直方へ向かうこと15分。

国道沿いを歩いていると突然セメントの固まりにモノレールのような車両に乗っかっているような施設が現れた。
しばらく考え込んだ後、念のためにクルッと正面に回って看板を確認してみる。

〝筑豊直方駅〟。

こ、これが駅なのか、、、!

どう見ても駅に見えないその施設は紛れもなく筑豊電鉄の駅であり、未だに半信半疑のまま階段を上がると先ほどのモノレールのような車両が停まっていた。

1988年に導入されたこの5000系は、車内照明のLED化や制御装置や電力回生ブレーキの搭載しているという 何とも駅に見合わないハイテクな車両だ。

休み期間中の部活帰りだろうか。
ホームに数人並んでいる学生と共に乗車した車両はノンステップも搭載されておりバスのような内装となっていた。

1人席はいくつかエンジンがあるためかその部分のみ盛り上がっており、ゆりかもめの倍あるだろう縦横広い窓で車窓を独り占めできるのもなかなか嬉しい点だ。

走り出した5000系は、意外にも軽快であり尚且つ揺れまくる。。。
路面の枕を整備し忘れているんじゃないかと思うくらいガタガタ揺れるのでお年寄り等はとても立っていられないだろうスピードで住宅街スレスレを駆け抜ける。
何という恐怖アトラクション。

車両は細い小道を走るように民家のすぐ横を通るので悪意があって視線を向ければ その家の窓の中も覗けるような近さであった。
色々な意味ドキドキが止まらない鉄道である。

終点の黒崎駅前に到着する頃にはすっかり日が沈みかけていた。
これから再び小倉に戻って宿に向かわなければならない。

九州とはいえ、冷え切った体を小さく縮こませ〝夜はうどんでも食べよう〟とぼんやり呟きながら帰りの車内で眠りについた。

涼花

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