鉄道紀行

【新潟旅行記】秘境駅路線 只見線の旅なのだよ。

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鉄道に興味を持ち始めて2、3年が経過した頃
当時私は短大1年生であった。
本屋の鉄道雑誌コーナーで何気なく立ち読みをしていると
その時シーズンであった18きっぷ特集を多くの雑誌が組んでおり、全ての表紙が只見線を取り上げていたのだ。

そんなに人気の路線なのか と関心を持ってはいたが、小出から会津若松まで総距離は135.2km。
時間にすると約5時間ほどを有することになる。

故に女学生である身分の自分には奇しくも門限というものがあり 、断念する他なかったと思える。

それ以来というもの、
“鉄道好きは只見線に乗っているもの”と
安易な方程式が私の中で出来上がり いつか絶対に足を運びたいと胸に秘めていた。

なぜ雑誌が大々的に只見線を取り上げていた本来の理由も知らずに。。。

それから6年の年月が経ち、私は始発駅小出駅のホームで列車を待っていた。
只見線は絶景車窓の列車、秘境駅のオンパレードと人気を博しているが
小出から出発する列車は1日3往復ほど。

しかも1度逃すと3時間はざらに来ない事から慎重な区間ごとの接続計画が必要となってくる。
こんな鉄道が本当に鉄ヲタ以外にも人気があるのだろうか。

疑問を持ちながらも乗り込んだ車内は、それなりに席が埋まっているというのだから驚きだ。
世の鉄ヲタが増えたのか。ただ単に一般の変わり者の独り身が増えたのか。
他人に皮肉をぶつけて考えていたが、どちらも当てはまるのは自分の方か と気付いてからは黙って越後湯沢で買った酒を飲みながら窓の外を眺めた。

列車が走り出すと、当時雑誌で見たような広大な田子倉湖が広がっていた。
前日の雨で皮は茶色く濁っていたが、橋かけられた線路一本で古びたディーゼル車がぐんぐん進んでいく様子は下手なアトラクションよりも迫力がある。

誰も降りずにただ通過するだけの駅もどれも駅舎とは言いがたく、プレハブ小屋と称する方が適切だろう。

只見駅に着いたら、すぐに会津若松行きの列車へ乗り換えるつもりだった。
鉄旅をする中でその町の雰囲気を知る為、最も途中下車にこだわった旅を続けている私でも秘境駅が連なるこの路線で今回の区間の接続では苦しいものがあったからだ。

私は駅舎で次の列車をひたすらに待ち続けていた。
しかし、ほとんどの乗車客は、駅前に止まったバスへ乗り込んでいるではないか。

何やら不穏な予感を感じながら駅舎に貼られた時刻表全てに目を通すが、只見駅からはバスの時刻表しか無い。

もしかして、只見駅から先はバスしか無いのだろうか、、と感づいた時には既にバスの姿はなく後の祭りであった。

はたしてどうしたものか。
予想外の出来事に呆気を取られながらも、取り急ぎ頭を冷やしに手洗い所へ入ると妙な資料を見つけた。

「平成23年新潟福島豪雨災害について」。

その記事を見た際に、何故バスしか無かったのか。学生の頃雑誌が騒ぎ立ていた理由等全てが鮮明に繋がった。

只見線は、23年7月に起きた豪雨災害で橋等が流されてしまい
27.6㎞(会津川口~只見)の運休区間は復旧工事中なのだという。

雑誌で多く取り上げたのは、代行バスを走らせてまでも資金を得るための復興支援の一環であったという訳だ。

こんな事も知らなかったとは、、、時刻表だけに気が取られて下調べをまったくしなかった自分に悲壮感を覚えた。

とにかく、現在時刻は14:30。次のバスは16:00まで来ない。

資料の隣には只見駅周辺のマップが描かれたチラシが重ねられており、そっと1枚取って睨めっこをしてみる。

周辺には、神社、SLの展示車両、銭湯、、、1時間半くらいなら十分に時間を潰せそうだ。
幸いにも駅にはレンタサイクルが実地されており、さっそく窓口に向かい500円で電動自転車を借りる事に成功した。

荷物を窓口に預けて、軽くなった身体を
ぐんぐんと自転車で走らせ、手始めに神社でこの先の旅の無事をお祈りした後 SL広場へ向かう。

展示されていたのはC11系。
1934年の製造されたものであり、元々55年から70年までは、主に只見線の小出駅〜大白川駅間を走っていたとされる。
現役引退後の72年から、この広場に展示されたという。

年月が経っている割に車体が綺麗かと思えば、後から調べてみれば今年の4月に復旧イベントとして地元の住民たちで塗り直しを行ったとの事。

SLの向かいの畑には、これもまた地元の子供達が立てたと思われる“かかしの人形”がいくつか並んでいた。

静かな場所だが、こうした住民たちの一致団結した思いがどこか暖かく漂っており心が自然と洗われるようである。

さらにチャリンコを走らせ川沿いまで来ると、いよいよお待ちかねの銭湯を発見する。
季節は8月末。東北とは言え、じんわりと汗をかいていた体にはありがたい。

外観とは裏腹に内装はリフォームでもしたのか綺麗に整備されているが、職員は受付のオジサンがポツンと1人。
客も私1人のみのようで、風呂場も実際の面積よりも広々と感じる。

湯は42℃くらいだろうか。
ゆっくりと身体を沈めるながら、じんじんと包んでいく風呂の気持ちよさに思わず歓喜した。

やはりこうして途中下車をしたのも何かの縁なのか。
ついつい私も接続の件ばかりが頭をよぎり終点まで完走することを目標にしていたが
鉄道に乗るだけで無く、実際の現地に出向き資金を落とすことが何よりの地域全体の支援になるのでは無いかと改めて思う。

少しばかり開いた窓から聞こえる蝉の鳴き声を聴きながら、自分にとっての旅の本筋を忘れていた自分に少しばかり反省するのであった。

その後、バスで会津川口駅まで行けたはいいものもコンビニもない街で2時間の待ちぼうけを喰らい、
会津中川駅まで徒歩で30分かけて歩くという ちょっとばかりのハイキングをしているうちに宿泊する喜多方に到着したのは辺りも真っ暗の21:30であった。

幸いにもこの日お目当てであった喜多方ラーメンは無事に開いている店を1軒見つけることができ、やっと辿り着いた夜の飯テロ攻撃を全身全霊で受けたのであった。

意外にもお喋りなオヤッサンが作る600円のラーメン。味は若干クリーミーではあったが 喜多方ラーメンらしく昔ながらの優しいスープと平たい縮れ麺が腹の底まで染み渡る。

出来れば今日の旅もこの味を忘れないでおきたいと決心に近い気持ちで祈りながら、私はスープを全て飲み干すのであった。

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