お酒 鉄道紀行

憂うつ麗 春のいすみ鉄道紀行文なのだよ。

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お酒

令和が発表されてから一週間も経っていない暖かな春の日の事。

私はただただ頭の思考を停止させ、まるで空っぽの人形のように内房線に揺られていた。
行き先はいすみ鉄道の始発駅大原に向かうとだけ決め、他の情報は一切調べずに無計画に家を出た。

休日になるとただただ無気力という名の波がが私を包み、全ての行動力を奪おうとする前に抵抗をしたかっただけなのかもしれない。

この日の気温は平均18℃。
春の暖かな日差しが次の一歩を一層緩やかにしていく。
電車を降り、いすみ鉄道線の駅へ向かうと昼前というのに第3セクターの小さなホームは人でごった返しているという悪夢の光景が広がっていた。

いすみ鉄道はこの時期になると全線26.8キロのうち約15キロ菜の花と桜が咲き乱れる。
加えてローカル鉄道御用達の改良型キハ系の小さめな黄色いボディに路線全体のテーマにムーミンを掲げたりという女性受けの要素を含んだ鉄道であることからまさに今の時期は打って付けの観光客期間と言える。

そんな事前情報は分かっていながらも、普段なら人の多さに嫌気が指し『見頃』を避け続けたこれまでの自分の選択を勿体ないと悔いるような気持ちもどこか心の片隅にあったからであろう。
引き返したい気持ちをグッと抑え、旅で癒されに来たのにも関わらず結局私はいつもの日常と変わらない群衆の群れの中にいる。

人の好奇心というものはつくづく厄介でどうしょうもないものだと思う。

手すり等の仕切りも一切ないロングシートはびっちりと隙間もない程に人で埋められ、車両は発車した。
車内は家族連れ、老夫婦、カメコ。中でも女子旅風の女性達で数を占めており、非常に華やかであった。

客層に観光色か強くある事から最初の桜スポットを訪れた時にはワッ!と黄色い歓声が上がる。これではまるでアトラクションの様だ。

途中駅間での間にやけに長い桜が連なった土手があるのだが、私が好きな鉄道写真家の中井精也さんによると

当時、その場所で名所を作ろうと地元のとある男性が桜の苗を植え育てたものがその長い桜ロードを生み出した

という話を耳にした事がある。

幾度も車景に現れる桜を見ては周囲の感動とは 裏腹にどこだろう?とキョロキョロとしていると
しばらくしてそこが東総元駅手前のカーブだと知った。

窓を覗き込んでみると、なるほどトンネルの様に連なった桜の麓に菜の花も一緒に咲き乱れ見事な淡いグラデーションを描いている。

視界だけではなく、心にまで彩りを与えられてもらえそうな その景色に車掌もここぞというばかりに短く説明のアナウンスを入れると車内の人々は一斉に立ち上がって覗き込めばカメラを構える。

それまでウットリと桜に奪われていた視線の先が人であっという間に覆われてしまい、私は何だかそんな光景に疲れてしまう。

スッと腰を下ろし、大多喜駅で食事を摂るために下車した。

いすみ鉄道で食事を摂るなら始発駅の大原かこの大多喜くらいしか栄えた場所がない。
となると当然ながら人も多く降りる訳であっという間に周辺の飲食店は行列でいっぱいになっていた。

だんだんと心に募っていく不満を少しでも解消するために、駅から数メートル離れた寿司屋で食事をした後人気ない道を散歩してみる。
とにかく少しでも人がいないところ逃げ込みたかった。いい思いをするためには、こんなにも人混みに紛れなければならないのか!

自然と足早になるそんな時に『酒癖小路』という気になる道が目に入る。

小さく看板に書かれたその道はなんの特徴もない路地裏の一本道であった。
中々面白そうだと好奇心が私の体を動かす。

人気もなく突然現れる普通の民家や地元の駐車場など、蔵造りの表通りとは違ってそこには普通の町と変わらない世界が広がっている。

道の途中大きな桜も菜の花が現れ、ただただ風にサラサラと揺れる音だけが聞こえる。
春風が吹くたびに肌を優しく撫でるよう伝うのも気持ちがいい。
何もかもが穏やかなこの空間で、今初めて私は今年の桜を正確に見たのだと思った。

しばらくそれを眺めていると、どことなくニャーと鳴き声がして一匹の猫が私の足元へとやって来た。
人に慣れているようで頭を擦り付けてくる姿が可愛らしくおもわず「こんにちは」と挨拶をする。

猫の方も挨拶がてらのマーキングを終えると、こちらを警戒する素振りも見せず駐車場で毛づくろいを始めた

目に入る全てものが優しく、春の微睡みの中に溶けてしまいそうだった。

やはり人のいない場所にこそ、その街の本当の良さがあるものなのだ。
根拠のない格言を生み出すと、徐に自らに言い聞かせながら再び歩き出した。

その後、小道を出たところに小さな酒造を見つけたので小瓶を一本買った後、大多喜城の散策した。
どこも鉄道の中程の人はそんなにおらず静かに散策を出来たのが何よりもよかった。

終点の上総中野に着くもホームは相変わらず人でごった返していたので、折り返し列車で国吉まで向かう。

国吉駅は、路線の中でムーミンの象徴するものが沢山あり駅舎にはムーミンショップ。
ホームの裏には「風そよぐ広場」と題してピクニック広場もある。

一見こちらも観光色が強そうな場所であるも、時刻は既に西日が照らし出す夕方。
駅は本来の静寂さを取り戻しつつあった。

ホームには手作りで作られたような木のベンチが設置されており、私はそこに腰をかけると昼間に買った酒造の小瓶を開けた。
列車が来るまでの時間、ホームで花見酒なんて都会では白い目で見られざる得ない光景だが ここにはそんなケチ臭い連中はおるまい。

ゆったりとした風になびかれ桜の花弁が風に散り小さく花吹雪を起こす。

“お猪口でも買って花弁を浮かせて飲むのも風情だったなァ”

そんなどうでもいい事を思いながら、また一口瓶をラッパ飲みする。

あの著名作家である梶井基次郎の作品に『桜の樹の下には』という作品がある。
話を要約すると、桜があんなに美しく人を魅了するのは、桜の樹の下には屍体が埋まっており、それを養分としているから、、、だそうな。

主人公は、それまで未知なる桜の美しさに恐怖していたがやっと答えを見つけ出しては安心して花見酒が飲めるようになったという話である。

何とも彼らしい妄想力溢れた作品であるが、私はこの作品を初めて読んだ時に妙に納得してしまい、それ以来毎年桜の樹の下で花見酒をしている。

まぁ、屍体が埋まっていると思いながら桜を見る者もそうそういないと思うが、
人間を養分としているから美しいと思わせてくれるその浪漫が酒を一層美味しくさせるのでは、、、と私はそう解釈をしている。。。

しかし目の前に咲いている桜の樹の下には屍体ではなく、木彫りの手作り感溢れるムーミンの像が建っている。

ムーミンを養分としてる桜か。。。。
いやいや、、、と自らの考えようとしている思考一旦ストップさせ
私は静かに小瓶を飲み干した。

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